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大人の社会見学②牛乳工場
石鹸工場に引き続き、牛乳工場へ大人の社会見学に行ってきた。
いや、ワクワク具合は、子どもと同じくらいかも。
タンザニアでは、三箇所の牛乳工場を訪れたことがあった。
5~15人程度の従業員が働いている大きさの工場。
従業員さんが交代しながら薪で火をおこし、熱湯と蒸気で原乳を殺菌消毒していた。
ムベヤ各地から集められてきた原乳は、Maziwaと呼ばれる牛乳や、Mtindiと呼ばれるヨーグルトに加工される。
地方の工場では、小さいパックには充填せず、大きな容器のまま、ローカルレストランやキオスクへ運ばれていく。
牛乳を買いに行くお客さんは容器を持参し、その容器に5~10Lほどいれてもらうのが一般的。
牛乳は朝に飲む紅茶に入れられ、ヨーグルトはお昼にウガリと一緒に食べられたりする。
都会のスーパーマーケットや、中間層をターゲットにしたキオスクには、ビニール袋に梱包されたものも売ってる。
Tanga Fresh、Iringa Yogurtなどがタンザニアの大手乳業。
ムベヤでは、そこまでの商品を作っている人たちは、まだいなかった。
他の産業に比べると牛乳工場は衛生に気を使っているのが見てとれた。
とは言うものの、日本人の私にはまだまだ不衛生に思える部分が沢山。
停電もしょっちゅうあるため、冷蔵庫も安定して冷やされず、品質管理も難しい。
実際、私は冷蔵庫を持っていなかったため、いつも紙パックのLong Life牛乳を飲んでいた。
これだと常温で長期間保存できる。
しかし、これを作るには140℃で殺菌消毒する技術がいるため、私が知るところでは、タンザニア産のものはない。
この製品はケニアからの輸入品で高価なものやった。
新鮮な牛乳は濃厚で確かにおいしいけれども、十分に火が通されてないと、お腹を下すこともしばしばあった。
レストランによっては、水で牛乳を薄めて出すところもある。
と、タンザニアの牛乳加工現場を知っているのに、日本の加工現場を知らないなんて・・・と思い、工場見学へ行ってみることに。
この辺りの牛乳工場といえば・・・ニシラク乳業さん!
西日本に広く、牛乳をお届けしている企業さん。
元々は、昭和22年に北九州乳業商工共同組合として、市が立ち上げた組合やった。
それが二年後、酪農家さんたちが出資し合って、西日本酪農業協同組合連合会を設立した。
一次産業(酪農)で頑張っている人たちが、自分たちの牛乳をより多くの方に飲んでもらうために、二次産業(食品加工)を行う会社を立ち上げた。
ニシラク乳業の「ニシラク」は西日本酪農業の略式。
酪農家さんたちが作った会社なら、「より良い牛乳をお届けしたい」と、酪農家さんたちが愛情込めて作った牛乳だけが入ってくるから、品質も高いはず!
そんな歴史があったなんて、興味深い。
じゃあ、戦前や戦中、まだ牛乳工場がなかった頃、みんなは牛乳飲んでなかったんかな?
と気になったので質問してみたら、ご近所さんで物々交換のような形で、自家消費していたんではないかということやった。
そう考えると、小包装売りされていないタンザニアの地方は、日本の戦中もしくは戦後と同じようなイメージ。
さてさて、工場見学。
いきなり出てきたのは、こちら・・・
トラックのタンクとポンプ!
福岡の酪農家さんから集められた原乳の品質をチェックし、重さを計り、大きな保存用タンクに移し変えていく。
その後、この集められた原乳は、牛乳へと加工したり、関西の牛乳工場へ転売されたり、他の乳飲料として使われるそう。
高温殺菌された牛乳は、紙パックや瓶に充填され、パッケージングされた後、冷蔵庫へ。
一時間でパック12,000本の牛乳が作られる。
すごい数!!
一番驚いたのは、工場内にほとんど人がいないこと!!
それでも60人以上の方が働かれているそうやけど、ほとんどお目にかからなかった。
機械ラインがほとんどの作業をこなしてる。
みなさん、いったいどこにいらっしゃるの~。
牛乳の原料となる雌牛のお乳。
雌牛は人工授精で妊娠させ、乳が出るようにするそう。
初乳はすべて、子牛に飲ませる。
そしたらまた人工授精で妊娠させ、搾乳。
人工受精で妊娠を7回まで繰り返すのだそう。
うわぁ~、大変やぁ!!!
乳飲料、ヨルディ。

子供の頃によく飲んだ味、昔懐かし、美味し。
担当の方がとても親切に色々教えてくれて、勉強になったー。
最後に担当者の方が、牛乳あるあるを教えてくれた。
牛乳パックの開ける口の部分。
成分無調整の牛乳のパックは、少し凹んでいる。
その他の低脂肪牛乳や成分調整牛乳は凹んでない。
これは、目の不自由な方でもわかるための配慮だそう。
へー!!
牛乳ひとつ、奥が深い。
いや、ワクワク具合は、子どもと同じくらいかも。
タンザニアでは、三箇所の牛乳工場を訪れたことがあった。
5~15人程度の従業員が働いている大きさの工場。
従業員さんが交代しながら薪で火をおこし、熱湯と蒸気で原乳を殺菌消毒していた。
ムベヤ各地から集められてきた原乳は、Maziwaと呼ばれる牛乳や、Mtindiと呼ばれるヨーグルトに加工される。
地方の工場では、小さいパックには充填せず、大きな容器のまま、ローカルレストランやキオスクへ運ばれていく。
牛乳を買いに行くお客さんは容器を持参し、その容器に5~10Lほどいれてもらうのが一般的。
牛乳は朝に飲む紅茶に入れられ、ヨーグルトはお昼にウガリと一緒に食べられたりする。
都会のスーパーマーケットや、中間層をターゲットにしたキオスクには、ビニール袋に梱包されたものも売ってる。
Tanga Fresh、Iringa Yogurtなどがタンザニアの大手乳業。
ムベヤでは、そこまでの商品を作っている人たちは、まだいなかった。
他の産業に比べると牛乳工場は衛生に気を使っているのが見てとれた。
とは言うものの、日本人の私にはまだまだ不衛生に思える部分が沢山。
停電もしょっちゅうあるため、冷蔵庫も安定して冷やされず、品質管理も難しい。
実際、私は冷蔵庫を持っていなかったため、いつも紙パックのLong Life牛乳を飲んでいた。
これだと常温で長期間保存できる。
しかし、これを作るには140℃で殺菌消毒する技術がいるため、私が知るところでは、タンザニア産のものはない。
この製品はケニアからの輸入品で高価なものやった。
新鮮な牛乳は濃厚で確かにおいしいけれども、十分に火が通されてないと、お腹を下すこともしばしばあった。
レストランによっては、水で牛乳を薄めて出すところもある。
と、タンザニアの牛乳加工現場を知っているのに、日本の加工現場を知らないなんて・・・と思い、工場見学へ行ってみることに。
この辺りの牛乳工場といえば・・・ニシラク乳業さん!
西日本に広く、牛乳をお届けしている企業さん。
元々は、昭和22年に北九州乳業商工共同組合として、市が立ち上げた組合やった。
それが二年後、酪農家さんたちが出資し合って、西日本酪農業協同組合連合会を設立した。
一次産業(酪農)で頑張っている人たちが、自分たちの牛乳をより多くの方に飲んでもらうために、二次産業(食品加工)を行う会社を立ち上げた。
ニシラク乳業の「ニシラク」は西日本酪農業の略式。
酪農家さんたちが作った会社なら、「より良い牛乳をお届けしたい」と、酪農家さんたちが愛情込めて作った牛乳だけが入ってくるから、品質も高いはず!
そんな歴史があったなんて、興味深い。
じゃあ、戦前や戦中、まだ牛乳工場がなかった頃、みんなは牛乳飲んでなかったんかな?
と気になったので質問してみたら、ご近所さんで物々交換のような形で、自家消費していたんではないかということやった。
そう考えると、小包装売りされていないタンザニアの地方は、日本の戦中もしくは戦後と同じようなイメージ。
さてさて、工場見学。
いきなり出てきたのは、こちら・・・
トラックのタンクとポンプ!
福岡の酪農家さんから集められた原乳の品質をチェックし、重さを計り、大きな保存用タンクに移し変えていく。
その後、この集められた原乳は、牛乳へと加工したり、関西の牛乳工場へ転売されたり、他の乳飲料として使われるそう。
高温殺菌された牛乳は、紙パックや瓶に充填され、パッケージングされた後、冷蔵庫へ。
一時間でパック12,000本の牛乳が作られる。
すごい数!!
一番驚いたのは、工場内にほとんど人がいないこと!!
それでも60人以上の方が働かれているそうやけど、ほとんどお目にかからなかった。
機械ラインがほとんどの作業をこなしてる。
みなさん、いったいどこにいらっしゃるの~。
牛乳の原料となる雌牛のお乳。
雌牛は人工授精で妊娠させ、乳が出るようにするそう。
初乳はすべて、子牛に飲ませる。
そしたらまた人工授精で妊娠させ、搾乳。
人工受精で妊娠を7回まで繰り返すのだそう。
うわぁ~、大変やぁ!!!
乳飲料、ヨルディ。
子供の頃によく飲んだ味、昔懐かし、美味し。
担当の方がとても親切に色々教えてくれて、勉強になったー。
最後に担当者の方が、牛乳あるあるを教えてくれた。
牛乳パックの開ける口の部分。
成分無調整の牛乳のパックは、少し凹んでいる。
その他の低脂肪牛乳や成分調整牛乳は凹んでない。
これは、目の不自由な方でもわかるための配慮だそう。
へー!!
牛乳ひとつ、奥が深い。
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